青森県の島久六島(きゅうろくじま)
久六島
久六島図
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久六島周辺の宿

深浦町の宿

12/07/17--------------Copyright(C) 日本の島へ行こう All rights reserved.

久六島(きゅうろくじま)
日本海屈指の好漁場
住所/青森県西津軽郡深浦町
面積/0.0005km2周囲/上の島0.13km
人口/無人島
アクセス/深浦町舮作(へなし)漁港より西へ約30km。秋田県能代港から向かう人が多いようです。漁船で1~2時間。

艫作
青森県の日本海側、JR五能線が通る艫作(へなし)半島の沖合い約30kmにある久六島は人の住めない岩礁群で、この地が青森県の最西端になります。一番大きいのが“上の島”、その東北東にある岩場が“下の島”、そして南東へ250mの距離にあるのが“ジブの島”で、これらの総称を「久六島」と呼びます。上の島には昭和34年に建てられた「久六島灯台」があり、航行する船の目印になっていることからこの岩礁だけを指して久六島と呼ぶこともあります。他の“下の島”と“ジブの島”は海面に少しだけ頭を覗かせる岩礁です。
久六とは、最初にこの岩礁を見つけた人の名前だと言われています。深浦町の松神地区には元禄から続くという大屋家の旧家があり、この家には久六島の古絵図が残され、家系の2代目と6代目に久六の名があるといいます。また別の家に残る古文書には、江戸初期にこの辺りで勢力があった小野茶右衛門に仕えた船頭に久六という者がいたと書かれてあり、どの久六が発見者なのか諸説紛紛として決め手に欠けるようです。
また天正年間(1573~92)には既に知られていたという話があったり、18世紀の航海図には「長ろ(ちょうろ)」という名前の岩礁として記されていたという話を聞くと、久六発見説が次第に怪しく思えてきますが、久六という人が最初の発見者でなくとも、この危険な岩礁になんらかの形で深く係ったことは確かなようです。
江戸時代の頃までは周辺の漁民が危険を冒して久六島に近づき漁をすることもあったようですが、明治期になり漁法や漁船の性能が発達してくると次第に魚場争いが激化し、青森県と秋田県の間で帰属問題が論じられるようになります。そしてなかなか決着がつかないまま両県の入会漁場となっていましたが、昭和28年になってようやく青森県に編入という運びになっています。
対馬暖流の只中にある久六島は漁の対象となるイカ、ホッケ、アワビばかりではなく大物のマグロやブリ等も回遊しており、釣り師憧れの海域になっています。そして、時にはクジラやシャチも現われるとあってダイバーの間でも人気が高まっているようです。

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