兵庫県の島家島諸島男鹿島
男鹿島
男鹿島(たんがしま)
男鹿島(たんがしま)家島諸島
採石の跡も島の顔
住所/兵庫県姫路市家島町男鹿
面積/4.57km2周囲/10.0km人口/72人(H22)・133人(H17)・170人(H12)・167人(H7)国勢調査
アクセス/[坊勢汽船]姫路港→男鹿島港(30分)/
他チャーター船有り
概要
男鹿島は播磨灘に浮かぶ家島諸島の4つの有人島(家島、坊勢島、西島、男鹿島)の中の一番東にある島。地肌がむき出しの採石の島として知られる。
「男鹿」と書いて「たんがorだんが」と読む。昔々、播磨国の飾磨(しかま:現在の姫路市飾磨区の辺り)に雄鹿と雌鹿がいて、そのうち雄鹿だけが海を渡ってこの島に辿り着いたところから男鹿島という名が付いたと伝わる。飾磨区には妻鹿(めが)という地名もある。
島の北部にある「淡賀楯崎(たんがたてざき)」というのは、播磨国の医者・平野庸脩(ようさい)が宝暦12年(1762年)に完成させた「播磨鑑(はりまかがみ)」に家島の代表的な景色として挙げられる「家島十景」の一つとされる。「淡賀楯崎[姫路市HP]」。「男鹿」ではなく「淡賀」という字が当てられているが、「賀」には「崖」という意味があると言われており、「淡賀島」であれば「淡く白い崖がある島」ということになり、名前の由来として納得できる。
家島諸島は古代より活発な交流があったところで、男鹿島からは弥生時代の「大山神社遺跡」や「ヒシノタイ古墳」が発掘されている。現在の大山神社(山の神)は田の浜に移されているが、元々は北西部の標高210mの高台に遺跡があった。ここからは旧石器時代のナイフ型石器や弥生時代中期以降の集落跡が見つかっており、長い間古代人の生活が営まれてきた場所だった。白い崖の上に人がいる島、つまり、この高台こそが“淡賀”だったのではないだろうか。
男鹿島は砕かれた崖ばかりで何も無いようにも思えるが、水がきれいな海水浴場や釣り人に人気の入り江もある。シーズンには多く来島者があり、民宿や食堂が営業している。

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