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答志島の地図(Yahoo!地図情報)
答志島(とうしじま)
答志島
答志島(とうしじま)
寝屋子が育つ島
住所/三重県鳥羽市桃取町/答志町
面積/6.98km2周囲/26.3km
人口/2,687人(H17)・2,981人(H12)・3,224人(H7)国勢調査
アクセス/[鳥羽市営定期船
佐田浜港(鳥羽港)→答志島(25分)

志摩半島の北東部にある鳥羽市には4つの有人島があります。答志島はその中で面積が最大で人口が最も多い島です。
産業は漁業が中心で、来島者も多く旅館や民宿などの観光業も盛んです。
答志島には「寝屋子(ねやこ)」という制度が残されています。男子が中学を卒業すると数人が集まって一緒に寝泊りする家(寝屋)を見つけて、ともに寝起きをするという制度で、寝るとき以外は自宅に戻って食事をしたり仕事をしたりします。結婚するまで、もしくは27歳になるまで続けられ、これにより地域の結束や特色が守られてきました。かつては西日本の漁村、また鳥羽地区全体にも多くあった制度ですが、現在では生活様式の変化などに伴い数を減らし、この答志島の答志地区にしか残っていません。市の無形民俗文化財に指定されています。
島の歴史は古く、縄文や弥生時代の土器が多く出土しており、古墳もたくさん見つかっています。なかでも岩屋山古墳は横穴式石室がほぼ完全な形で残されている円墳で、石室の天井には3メートルを超える巨大な石が5~6枚使われ、頑強な造りをしています。
織田信長と豊臣秀吉に仕えた武将に「九鬼嘉隆(くきよしたか)」という人がいます。別名・海賊大名と呼ばれた人で、鳥羽・志摩を中心に水軍を率いて活躍していました。信長の命を受け鉄甲船を造り、毛利軍を打ち破ったことは有名です。その後関が原で西軍に味方し、敗れてこの答志島で自刃したと伝えられています。その九鬼嘉隆の首塚と胴塚が遺されています。
2009年『八幡神社の神祭』で「島の宝100景」に選ばれました。

関連リンク

三重県鳥羽市のホームページ
鳥羽市観光協会答志島旅館組合


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答志島の宿

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