静岡県の島弁天島(べんてんじま)[浜松市]
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弁天島周辺の宿
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弁天島(べんてんじま)[浜松市]
シンボルは渚に浮かぶ赤い鳥居
住所/静岡県浜松市西区舞阪町弁天島
面積/約3km2周囲/約7km
人口/2,982人(H21.9.1)
アクセス/[JR東海道本線]弁天島駅

うなぎの養殖で有名な浜名湖は、かつては海と隔てられた淡水湖でした。しかし、明応7年(1498年)と永正7年(1510年)に起きた地震と大津波で浜名湖と遠州灘の間が決壊し、以降塩分が含まれる汽水湖となったものです。
海水の流入で浜名湖の南側は大きく広がり、4つの島ができたといいます。現在弁天島駅がある所は狐島や西野と呼ばれていましたが、宝永4年(1707)に弁財天の祠が祀られてからは次第に弁天島と呼ばれるようになります。
舞坂
荒井
東海道五十三次の30番目が舞阪宿、31番目が新居宿。古くは陸路で往来していた道は江戸時代には関所が設けられ、その間の浜名湖を船で渡るというのが普通の景色となっていました。今でも海への開口部を今切口と呼びますが、かつて舟で往来していた頃は「今切の渡し」と呼び多くの渡し舟が人を運んでいました。今切(いまぎれ)とは津波であっという間に陸地が切れて海になってしまったことを「今切れたばかりだ」と会話の中で言っていたものが地名として残ったものです。
“渡し”が盛んだった頃の弁天島は松林が植えられ防風の役目を果たしていましたが、明治14年に架橋されてからは海水浴場ができるなど人で賑わうようになります。そして明治39年には東海道線の仮停車場、大正5年には弁天島駅が開業したことで観光地化が進むようになります。
昭和になってからは周囲の埋め立てが始まり、もともとあった弁天島(西野)、西之島裏、東郷島、カラス弁天に加え、蓬莱園、千鳥園、観月園、渚園など新たな島ができ、温泉やレジャー施設がある観光地として一段と賑わいを見せるようになっています。

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