静岡県の島三四郎島(さんしろうじま)
三四郎島
三四郎島図
三四郎島周辺の宿
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三四郎島(さんしろうじま)
堂ヶ島のシンボル
住所/静岡県賀茂郡西伊豆町仁科
面積/0.04km2周囲/1.5km
人口/無人島
アクセス/[車]東名沼津IC→国道136号(約2時間)
東海バス]伊豆急下田→堂ヶ島(約1時間)

伊豆半島の西側に位置する西伊豆町は「夕陽日本一宣言」を行った町です。堂ヶ島温泉の露天風呂はどこも夕陽が自慢で、その夕景に影を落とす三四郎島は堂ヶ島に欠かせない景色の一つです。
象島
三四郎島というのは堂ヶ島海岸(瀬浜海岸)にある象島(伝兵衛島)・中ノ島・沖ノ瀬島・高島の総称です。干潮時には浅瀬が現れ手前にある象島は陸続きになります。こういう現象をトンボロ現象と言いますが、ちょうど象が鼻を伸ばした格好に見えて名前に納得です。また、沖ノ瀬島は潮が引くと完全に中ノ島と繋がってしまうため、沖ノ瀬島と中ノ島を一つの島として中ノ島と呼ぶこともあります。このように時間と共に形を変えたり、見る角度によって3つに見えたり4つに見えたりすることから三四郎島と名が付いたと言われています。
そして、もう一つ「三四郎と小雪の悲恋物語」が伝えられています。平家の追っ手から逃れ、中ノ島へ身を隠す源氏の若武者・三四郎のもとへ、源頼朝挙兵の報を伝えようと仁科の豪族・瀬尾行信の娘・小雪が海に入り、中ノ島へ渡ろうとしますが、大波に呑まれて死んでしまうという話です。
平治の乱(1159年)の敗北で20年という歳月を伊豆で過ごした源頼朝は、治承4年(1180年)に平家打倒の兵を挙げています。小雪が三四郎に伝えようとした頼朝挙兵とはこの時のことで、伊豆に根強く残る頼朝伝説を反映したものだと言えます。
堂ヶ島に温泉が掘られるようになったのは昭和30年代になってからで、それまでは陸の孤島とも言える小さな漁村があるだけでした。しかし、山側にある薬師堂には室町時代に造られたという木造3体(釈迦如来坐像・薬師如来坐像・阿弥陀如来座像)が納められ、歴史の古さを窺うことができます。堂ヶ島という地名はこのお堂がある場所という意味なのか、それとも天を仰ぎ見れる洞窟「天窓洞」に由来するものか、それとも三四郎島の象島が変化して堂ヶ島になったのか、と色々と詮索したくなりますが、まずは夕陽にシルエットの三四郎島を眺めながら温泉に浸かるのが一番です。

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