東京都の島火山列島>北硫黄島(きたいおうとう)
北硫黄島の地図(Yahoo!地図情報)
北硫黄島(きたいおうとう)
北硫黄島横
北硫黄島(きたいおうとう)[小笠原諸島][火山列島][洋名:サン・アレキサンドロ島]
謎の遺跡がロマンを誘う
住所/東京都小笠原村北硫黄島
面積/5.57km2周囲/8.8km
人口/無人島
アクセス/定期船などは無く、調査目的以外はなかなか近づけない。
※小笠原クルーズで年に1回硫黄3島クルーズがあります。
小笠原ステーション Ogasawara Station

北硫黄島は東京から南へ約1,170km、父島の南南西約200km、硫黄島の北約80kmに位置し、火山の噴火によってできた島です。北に清水峰(666m)、南に榊ヶ峰[さかきがみね](792m)が聳え、ほとんど平地も無く、急峻な崖がそのまま海へと落ち込んでいます。
火山列島は1543年にスペイン船サン・ファン号によって発見されたと言われていますが、長い間定住の歴史は無く、明治24年に日本領と認められてから硫黄島、北硫黄島と入植が進められます。
北硫黄島は明治31年(1898年)に八丈島の石野平之丞という人が開拓に着手したことに始まります。厳しい環境の中、母島からの移住者も加わり人口も次第に増え、明治34年には111人、同37年156人、そして大正6年には220人という記録が残されています。島での生活はサトウキビの栽培や採貝、ムロ節の生産などが行われ、僅かな平地に石野村と西村の2つの村ができ、小学校も開校されていました。そして、太平洋戦争が厳しさを増す昭和19年に強制疎開で全島民90人が島を離れ、派遣されていた海軍の警備隊も終戦により撤収したことにより、以降はそのまま無人島になっています。
太平洋戦争後にアメリカの信託統治下に置かれましたが、昭和43年(1968年)に小笠原諸島日本復帰とともに硫黄列島も返還され、小笠原村に属する島となっています。
人が容易に近づけないこともあって、イオウノボタン等の硫黄諸島固有の植物やクロウミツバメカツオドリ等の海鳥、アカオネッタイチョウ等の珍しい昆虫も見られ、北硫黄島のみで繁殖していると言われる絶滅危惧種のシマハヤブサも確認されています。
特筆すべき事として、この島から古代石器や石積遺跡が発見されていることです。最初は開拓民が発見した3本の磨製石斧に端を発しています。この石斧はいつ頃の物かはっきりとは分かっていないようですが、2~3千年前のマリアナ諸島の石斧との類似も指摘されています。また平成3年の調査で発掘された石野遺跡からは土器や石器の他に祭壇と思われる石積や線が刻まれた巨石も発見されています。しかし、厳しい自然環境の中に残された遺跡は多くを語らず、謎を残したままです。遠い昔、なんらかの理由で南方から来た人達がこの島に漂着し、その痕跡を残し、更には日本列島に文化を伝えたのかもしれません。遥か南の孤島に残る古代遺跡は、私達にロマンを感じさせてくれます。
2007年6月18日、国土地理院が硫黄島を「いおうじま」から「いおうとう」に変更。その時「きたいおうじま」も「きたいおうとう」に変更されました。

関連リンク

小笠原村硫黄島探訪北硫黄島の写真


ジョイクラフト(JOYCRAFT) JBB-300 4名/船内長220 ライトグレー

NAVMAN(ナブマン) NAVMANフローターキット
▲日本の島へ行こうTOP▲東京都の島TOP▲火山列島
※硫黄島 ※南硫黄島
10/01/08