東京都の島沖ノ鳥島(おきのとりしま)
沖ノ鳥島(おきのとりしま)

沖ノ鳥島(おきのとりしま)
日本最南端の島は孤軍奮闘、領土を守る
住所/東京都小笠原村沖ノ鳥島1番地(北小島)、2番地(東小島)
面積/環礁は東西約4.5km、南北1.7km環礁周囲/11km
人口/無人島
アクセス/一般の上陸は禁止。近づくのも難しい。

東京から南南西へ約1,730km、小笠原父島より西南西へ約910km、火山列島の硫黄島からは南西へ約600kmの位置にある日本最南端の島。ベトナムのハノイと同緯度(北緯20度25分)。気候は熱帯の海洋性気候です。
1968年に小笠原諸島と一緒にアメリカから返還され、住所は東京都小笠原村ですが、管理費用その他の問題から1999年6月18日の政令によって国の直轄管理になっています。
周りの環礁を含めて沖ノ鳥島と呼んでいますが、満潮時にはほとんどが海面下に没してしまい、北小島と東小島、そして灯台がある観測塔だけが海面に姿を見せています。今後波で島が削られて無くならないように周囲を消波ブロックやコンクリートで固めてあります。
沖ノ鳥島は日本の排他的経済水域(EEZ)確保のために非常に重要な存在となっていますが、中国は島ではなく岩だとの主張で、沖ノ鳥島周辺のEEZに異を唱えています。
日本の領海(日本の島へ行こう)

関連リンク

沖ノ鳥島写真館
沖ノ鳥島的FANクラブ あこがれの日本最南端沖ノ鳥島

Wikipedia「沖ノ鳥島」等を参照
年代 出来事
4000万年前 噴火により火山が隆起する。
1500万年前 火山島の沈下が起こり、海面付近に珊瑚が堆積してくる。
1543年 スペイン船に環礁の存在が確認され、パレセ・ヴェラなどと呼ばれる。パレセ・ヴェラとは「帆を巻き収めよ」という意味のようです。
1639年 オランダ船が発見、エンヘルス・ド・ローフテ(エンヘルの浅瀬)と命名。
1789年 イギリスのウィリアム・ダグラスが発見、ダグラス・リーフ(Douglas Reef)と名付ける。
1922年 日本船「満州」が島を訪れ測量を行う。
1931年 日本領として「沖ノ鳥島」と命名され、小笠原支庁の所管になる。
1939年~
1941年
環礁の調査が始められ、灯台、気象観測所の建設工事が始められる。しかし、戦争により中断。直径40mの観測所基盤だけが残る。
1952年 サンフランシスコ平和条約が発効され、小笠原諸島と共にアメリカ合衆国の施政下となる。
1968年 6月28日に小笠原諸島と共に日本に返還される
1977年 日本における領海法の改正と漁業水域の暫定措置法が施行され、領海12海里と漁業水域200海里が設定される。
1988年~
1989年
北小島と東小島の護岸工事が行われる。
1993年 海洋科学技術センターの通信衛星を通じて気象観測が始められる。
1999年 海岸法改正により「国土保全上極めて重要な海岸」として国の直轄管理となる。
2005年 国土地理院が電子基準点「沖ノ鳥島」を設置。
2007年 海上保安庁が「沖ノ鳥島灯台」を設置。
標識観測所灯台北小島
北小島2東小島東小島2東小島3
標識1
>>>>>>>>ANA国内航空券+ホテル >>>>>>>>

11/04/05-------------------------------------------Copyright(C) 日本の島へ行こう All rights reserved.

▲日本の島へ行こうTOP▲東京都の島●沖ノ鳥島