和歌山県の島友ケ島(ともがしま)
友ケ島
友ケ島
友ケ島地図
友ケ島の宿
海の家富士屋別館/友ケ荘(食事だけ?tel:073-459-1462)
和歌山市・加太・和歌浦の宿[じゃらん]JR+宿泊レンタカー予約
▲日本の島へ行こうTOP▲和歌山県の島●友ケ島
友ケ島(ともがしま)[沖ノ島・地ノ島・虎島・神島]
要塞と修験道
住所/和歌山県和歌山市深山
面積/沖ノ島:1.47km2/地ノ島:1.12km2周囲/8.1km
人口/住民登録無し
アクセス/[友ケ島汽船
和歌山市・加太(かだ)港→友ケ島港(約20分)

和歌山市北部の加太と淡路島南東部の由良の間は幅が10kmほどの紀淡海峡と呼ばれる海域で、大阪湾と紀伊水道を繋ぐ海上交通の要衝とされる場所です。そして、そこに浮かぶ4つの島は沖ノ島、地ノ島、虎島、神島とそれぞれ名前がありますが、この4つの島の総称を“友ケ島”あるいは沖ノ島だけを指して“友ケ島”と呼んだりします。
三韓征伐を終えて帰途に着く神功皇后が瀬戸内海で嵐に遭い、海に漂う苫(とま)に導かれてこの島に辿り着き難を逃れたことから「苫ケ島(とまがしま)」と呼ばれるようになり、それが転じて「友ケ島」になったという話があります。もちろんこれは作り話だと思いますが、苫(とま)というのは「菅(すげ)や茅(かや)などを粗く編んだむしろ」(大辞泉)とありますから、沖ノ島の深蛇池(しんじゃいけ)の周りにたくさん生える菅や茅を見て、苫を作る材料がたくさんある島として「苫ケ島」と呼ぶようになったと考えられなくも無いことです。
五所の額
友ケ島は古くから修験道の行場として知られ、法華経28品が納められた葛城二十八宿の第一宿が置かれる場所です。それは虎島の序品窟(じょほんくつ)という洞窟の中にあり、ここから修行が始まります。序品窟の少し北側には「禁殺生穢悪・友島五所・観念窟・序品窟・閼伽井・深蛇池・剣池」の文字が刻まれた岩盤があります。これは紀州藩主・徳川頼宣の命により彫られた「五所の額」というもので、友ケ島の5つの行場を刻んだものです。虎島は干潮時に歩いて渡ることができますが、潮が満ちてくると戻れなくなるので注意が必要です。
神島
神島は古くは淡嶋と呼ばれ淡嶋神社が祀られていたと言われています。淡嶋は日本神話における「国産み」でイザナギとイザナミの二神が「おのころ島」で創ったとされる島(神)で、沖ノ島を「おのころ島」としたところから語られるようになったものと思われます。そして、淡嶋神社は仁徳天皇によって現在の加太に遷座されたと伝わり、全国に数ある淡島(粟)神社の総本山となっています。
地ノ島は沖ノ島と並ぶ大きさで、オン越ノ鼻や屋敷浜といった地名もあることから何か物語りがありそうですが、東端の鼻に高さ9.5mの灯台が立つ以外にこれといった情報も無く存在感が薄い島です。
第一砲台跡第二砲台跡
第三砲台跡第五砲台跡
紀淡海峡は大阪湾の出入り口に当ることから明治20年代になると軍事的防御の拠点として淡路島の由良を中心に砲台が築かれるようになり、友ケ島では虎島に堡塁、沖ノ島には5つの砲台や軍事施設が造られています。結局、太平洋戦争が終わるまで使われることはなく、今では廃墟となったレンガ造りの倉庫や砲台跡が観光客を呼んでいます。
友ケ島灯台
友ケ島は瀬戸内海国立公園内にあり、展望台からの景色も絶景です。そして、「おのころ島伝説」、「淡嶋伝説」、「深蛇池伝説」、「行者伝説」、「要塞の島」、更には「東経135度の日本標準時子午線が通過する日本最南端の地」等々神秘に満ちたパワースポットです。基本的には無人島ですが、夏にはキャンプ場や宿泊施設もオープンします。日帰りで訪れる人が多いようですが、島で朝を迎えるのも新たな力が貰えそうな気がします。

関連リンク

和歌山市HP わかやまCITY情報和歌山市加太観光協会