山梨県の島ウノ島(うのしま)
ウノ島
ウノ島(うのしま)
山梨県で唯一の島
住所/山梨県南都留郡富士河口湖町大石2584番地
面積/0.03km2周囲/0.7km標高/859m
人口/無人島アクセス/富士五湖汽船
概要
山梨県は海に面していないので島とは縁が無さそうだが、富士山の北麓に位置する河口湖には2つの島がある。一つは河口湖の真ん中にあるウノ島、もう一つは六角堂が建つ小さな島。海上保安庁が定める「島を数える上での定義」からすれば、六角堂の小島は日本の島数からは外れる。山梨県内にある川の中州や周囲100mに満たない岩場のようなものを除けば、ウノ島は山梨県で唯一の島だ。
高さは湖面から30mほどで、アカマツやケヤキ、カエデなどの樹木に覆われる。島内には鵜ノ島神社の赤い鳥居と「島の弁天」と呼ばれる弁天堂、参道脇には小さな祠、そしてかつて観光地として賑わった頃の残骸が残されている。
河口湖の周辺からは縄文や弥生時代の遺跡が見つかっており、ウノ島からも同じように古代の石器や土器が発掘されている。あたかも古代人が湖に浮かぶ島で生活をしていたかのように思えてしまうが、当時はまだ河口湖の存在は無く、北部の大石の大地から伸びる高台に生活の場があり、後に水に埋もれて先端だけがウノ島として残ったものだと考えられている。富士山は延暦19(800)年と貞観6(864)年に大噴火を起こし、その時の溶岩が川を堰き止め、河口湖やウノ島ができた。
湖面に浮かぶ島となってから定住があったかどうかは不明だが、甲斐国(主に河口湖周辺)の年代記「勝山記(妙法寺記)」には、永正13(1516)年12月29日に武田信虎が甲斐吉田城を攻めた際、周辺の住民が鵜ノ島へ避難して年を越したことや天文23(1554)年10月に武田晴信(信玄)が信州下伊那の神之峰城を攻め、捕らえた知久頼元親子を鵜ノ島へ幽閉したことなどが記されている。
島の頂にある「島の弁天」には、日本神話における海神・綿津見神(わたつみ)の娘・豊玉姫(とよたまひめ)が祀られ、近くの祠には山幸彦との子である鵜茅葺不合之命(うがやふきあえずのみこと)が祀られている。
鵜茅葺不合(うがやふきあえず)というのは、豊玉姫がお産の時に茅の代わりに敷こうとした鵜の羽が間に合わずに生まれた子であることから付いた名だとされている。ちなみに、鵜茅葺不合之命は神武天皇の父ということになっている。
ウノ島(鵜ノ島)の名前は鵜がたくさん飛来したからという話もあるが、鵜茅葺不合(うがやふきあえず)に由来しているようにも思える。

関連リンク

富士河口湖町富士河口湖総合観光情報サイト

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