愛媛県の島忽那諸島睦月島(むづきじま)
睦月島
睦月島地図

松山市の宿
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睦月島(むづきじま)忽那諸島]
“縞売り”と呼ばれた行商の島
住所/愛媛県松山市睦月
面積/3.82km2周囲/13.2km
人口/363人(H17)・408人(H12)・474人(H7)国勢調査
アクセス/[中島汽船株式会社]
[高速船] 高浜港→睦月港(18分)
[フェリー]三津浜港→高浜港→睦月港(45分)
概要
睦月島は松山市の沖合に浮かぶ忽那七島の一つで、野忽那島と中島の間にある島です。周囲約13km、東に高松山(218m)、西に幟立山(198m)が聳え、南側の入り江に集落と港があります。
歴史
島内からは縄文や弥生時代の土器片など古代の痕跡も窺われますが、歴史が見え始めるのは忽那氏の祖がこの地を開拓したとされる中世の頃で、出城が築かれたり南北朝時代には戦場になったこともあるようです。
僅かな耕作地と小規模の漁業、島の生活は質素なものでしたが、江戸時代後期になると、風待ち・潮待ちで停泊している船へ野菜や薪、反物などを売る「沖売り」が盛んになり、更に、松山発祥の“伊予絣(いよがすり)”の流行で、行商船の数も増え、北は北海道から南は奄美大島まで出向く島人の姿がありました。
忽那諸島の中で反物行商が発展したのは睦月島と野忽那島でした。伊予絣だけではなく自島で生産する縞模様の反物を扱っていたことから“縞売り”と言われ、明治、大正、昭和と睦月島は“行商の島”として知られるところとなります。
長屋門
しかし、昭和40年頃になると流通の変化や後継者不足で行商は急速に廃れてゆきます。今でも集落の町並みには当時の羽振りを思わせる立派な長屋門などが見られますが、すでに縞売りは途絶え、山の斜面に広がる柑橘栽培の畑が島の経済を支えています。
見どころ
梅ノ子島
梅ノ子城址…島の北東にある周囲200mほどの梅ノ子島には忽那氏の出城が築かれていました。また、高松山の尾根にも「梅ノ子本城跡」という山城跡があるようです。
島巡礼コース…西側には島四国88か所めぐり、東側には西国33か所めぐりがあり、島外から訪れてミニ巡礼の島歩きを行う人も多いようです。
夫婦楠(めおとぐす)…港から300m程上がったところにある玉善寺の境内には“夫婦楠”と呼ばれる大楠があります。幹周りが7mあり、幹が途中から二股に分かれていることから呼ばれるようになったものです。市指定天然記念物。

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