愛媛県の島四阪島(しさかじま)
四阪島写真
四阪島地図

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14/12/19-------------Copyright(C)日本の島へ行こう All rights reserved.

四阪島(しさかじま)[家ノ島・美濃島・明神島・梶島・鼠島]
5つの島の総称
面積/1.26km2人口/0人
住所/愛媛県今治市宮窪町四阪島
アクセス/[高速船]新居浜港→四阪港(35分)
[普通船]新居浜港→四阪港(1時間10分)
※社有地のため関係者以外は許可がなければ立ち入れない。
概要
新居浜港の北北西約16km、燧灘(ひうちなだ)に浮かぶ5つの島(家ノ島・美濃島・明神島・梶島・鼠島)の総称を四阪島と呼びます。全島が住友金属鉱山株式会社の社有地で居住する人はいませんが、家ノ島に酸化亜鉛の製造工場があり、新居浜から数十人が通勤しています。かつては別子銅山の精錬所が置かれ、一つの時代を築いたことで知られており、その産業遺産が残る島です。
家ノ島(いえのしま)
精錬所の島面積/0.26km2周囲/約2km
家ノ島と美濃島
精錬所用地として買収された明治28年頃、家ノ島は四阪島の中で唯一の有人島で、2世帯13人が農業や漁業を営みながら暮らす静かな島でした。明治期になり新居浜に山根精錬所や惣開精錬所が造られましたが、煙害問題が顕在化したことで、当時、別子銅山支配人だった伊庭貞剛(いばていごう)が移転を計画、四阪島の買収を行ったのです。
四阪島精錬所
四阪島精錬所は明治38年(1905)から昭和51年(1976)までの71年間稼動しています。家ノ島には大煙突や貯鉱庫、変電所などの建物が並び、日本一の銅精錬所と言われるまでに発展。しかし、当初の目論見に反して排出される亜硫酸ガスはかえって広範囲に害を及ぼすようになり、対策と周辺農民に対する補償問題が迫られ、四阪島は負を生産する島にもなっていきます。煙害問題は硫酸処理装置及び中和工場が完成する昭和14年まで続きますが、その後問題は沈静化しています。
大煙突
精錬所停止後は製鉄の廃棄物から酸化亜鉛を回収するリサイクル工場が稼動しています。かつて活躍した設備はそのまま残されいるものもありますが老朽化が進んでいる状態です。大正13年に再建され昭和14年まで使用された高さ71.5m、直径8mの巨大煙突もシンボルとして残されていましたが、老朽化のため2013年に解体撤去されています。
美濃島(みのしま)
精錬所の生活エリア面積/0.35km2周囲/約2.7km
四阪島の社宅群
美濃島は四阪島の中では標高が一番高く、112mあります。以前は草が生い茂る無人島でしたが、精錬所建設時に埋め立てで家ノ島と地続きになり、山の斜面を均して社宅など従業員の生活の場が作られました。
精錬所操業開始翌年の明治39年の人口は3,524人、翌40年には4,476人、そして、大正6年には5,217人という記録があります。めまぐるしい人口増加。社宅、病院、小・中学校、劇場などの相次ぐ建設。正月には広場に露店が並び、春は花見、夏は盆踊り、秋は運動会。島は大いに賑わいを見せました。
戦後も人口は3,000人以上で推移していましたが、銅価格の暴落などで昭和40年頃から急激に人口減少が始まり、昭和46年の新居浜東予精錬所完成、同48年の別子銅山閉山を経て、3年後に四阪島精錬所の火が消され、翌52年には酸化亜鉛製造工場に数十人が通勤するのみとなり、美濃島は居住者0の島となっています。
明神島(みょうじんしま)
面積/0.41km2周囲/約3.5km人口/無人島
明神島
明神島は家ノ島の500mほど北にある無人島で、四阪島の中では面積が一番大きい島です。
住友買収前は弓削村や佐島村住民の民有地でしたが、買収後の明治34年頃には植林が行われ、キジやウサギの飼育もされていたようです。そして、明治40年には美濃島の社宅が不足したことから700戸の仮小屋が建てられ、雑貨店・魚屋・理髪店・病院等も置かれましたが、交通の便の悪さなどから同42年末には全員が美濃島へ移り住むなど離島しています。
大正12年には数戸の農家が移住、昭和11年には海水浴場、12年には公園が造られ憩いの場にもなっています。昭和35年の国勢調査では44の人口を数えていますが、同45年には精錬工場縮小等で島は無人化しています。
梶島(かじしま)
面積/0.21km2周囲/約2.5km人口/無人島
梶島写真
梶島は明神島の西約2kmにある無人島。
戦前は採石が行われていましたが、昭和20年に住友が買収し、食糧難克服のために会社の嘱託として5世帯の農家が移住し、精錬所従業員のために野菜を供給していましが、同32年には全戸が離島して無人化しています。
その後、2人の移住者があり、島の管理や耕作をして暮らしていましたが、同49年に離島して再び無人島になっています。
鼠島(ねずみしま)
面積/0.03km2周囲/約1km人口/無人島
鼠島
鼠島は家ノ島の西側にある小島で、精錬所が操業を始めた当時、無縁仏の墓地があったことから大正時代の中頃に精錬所関係者の火葬場と納骨堂が置かれています。
昭和36年に美濃島に火葬場が造られ、鼠島の火葬場は使われなくなり、その後も長い間、無縁仏の供養は行なわれていましたが、昭和62年に美濃島に供養塔が移設され、ほとんど人が立ち入らない島となっています。

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