愛媛県の島忽那諸島釣島(つるしま)
釣島(つるしま)忽那諸島
伊予柑とタコ
住所/愛媛県松山市泊町釣島
面積/0.36km2周囲/2.9km
人口/87人(H17)・100人(H12)・88人(H7)国勢調査
アクセス/[中島汽船
[フェリー] 松山市・三津浜港→高浜港→釣島港(40分)

釣島は松山港の自然防波堤、興居島の西約2kmに浮かぶ有人島です。周囲3kmほどの小島ですが、標高は152mと小高く、こんもりした感じの島で、北側の僅かな平地に集落があります。
周囲の海は好漁場として知られ釣り船の姿をよく見かけ、釣島という名とマッチしていますが、もともとは小学校脇にある明神池(めだか池)に鶴がたくさん飛来していたことから“つるしま(鶴島)”と呼ばれていたようです。昔の明神池はもっと広い潟湖になっていて、小学校の校庭にするため多くの部分は埋め立てられ一部が残ったものです。
定住の始まりは、元治元年(1864)、興居島から5人の移住によるものだと伝えられています。興居島は古来より柑橘類の栽培が盛んだったことから、耕作地を求めての移住だったと思われ、現在、釣島の山の斜面にはたくさんのみかん(伊予柑)畑が広がっています。このように農業が島の主産業になっていますが、近海でのアワビやサザエ、天草の採集、タコ漁も盛んです。特にタコは昔から良質なことで知られ、「釣島のタコ」と名指しで取引きされています。
松山市の沖合いに浮かぶ興居島と中島の間は釣島海峡(水道)と呼ばれ、昔から海上交通の要衝として捉えられてきました。そして、釣島はその西側の出口に当たることから明治6年(1873)に灯台が建てられています。明治政府は幕末に幕府と諸外国の間に交わされた条約に基づいて、関東と関西に灯台建設を進めていましたが、その流れでこの釣島にも御影石造りの洋式灯台が建設されたものです。日本の灯台の父と言われるリチャード・ヘンリー・ブラントンの設計によるもので、愛媛県で最も古い洋式灯台です。

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10/08/07---------------------------------------------Copyright(C)日本の島へ行こう All rights reserved.

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