愛媛県の島忽那諸島由利島(ゆりじま)
由利島
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12/09/02---------------Copyright(C) 日本の島へ行こう All rights reserved.

由利島(ゆりじま)忽那諸島
無人島の電話ボックス
住所/愛媛県松山市二神
面積/0.61km2周囲/約5km
人口/無人島
アクセス/松山港からだとチャーター船で約30分

松山港から西へ約15km、忽那諸島の有人島・二神島から南へ約8km。西の小由利、東の大由利と二つの島が砂州で繋がったように見えますが、もともとはもう少し大きな島で、13世紀の終わりに地震で真ん中の部分が海に沈み現在の形になったと言われています。
小由利からは弥生式土器、大由利からは平安・鎌倉期の土器や貝塚が出土し、古代人の生活の場であったことを示しています。また、南側の海底からは井戸と思われる石積みも見つかっており、かつては「由利千軒」と呼ばれるような賑わう集落があり、地震で海底に沈んだ痕跡だとする話もあります。
周囲の海は古くから好漁場として知られ、江戸時代になると遠く紀州の漁師がイワシ漁で島を訪れるほどで、激しい魚場争いが起こったこともあります。その後も漁業の島としての歴史を歩み、イワシ漁が最も盛んになる昭和の初期頃は、夏の漁期に二神島から数百人の移住者が渡ってきたこともあるといいます。
賑やかだった島に翳りが見え始めるのは昭和30年代に入ってからです。漁の不振というより都会の労働需要の高まりと便利な生活を求めての離島でした。昭和30年の人口は75人。同35年は21人。そして同40年には残っていた6人全てが離島し、由利島は無人の島となっています。
電話ボックス
無人島になってからも漁や農耕で訪れる人がいたことから緊急連絡用として海辺の公衆電話ボックスが残されました。無人島の「命の電話」として話題になったこともありますが、携帯電話の普及等で利用者が減ったことから平成5年に電話機が撤去されています。今でも電話ボックスは残されていますが、表面の板は剥がれ、倒れそうに傾いた姿は見放された時間の長さを物語っています。
現在は生活の糧として島を利用する人は居なくなりましたが、釣りやキャンプ、企業の研修の場として利用されたり、テレビの人気番組『進ぬ!電波少年』(平成10年1月~14年9月放送、日本TV)の企画物のロケ地になり話題を呼んだこともあります。また、同じく日テレの人気番組『ザ!鉄腕!DASH!!』の新企画(2012年9月16日スタート)の舞台は由利島ではないかとの憶測が飛び交い再び注目を浴びています。

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