広島県の島上大崎群島生野島(いくのしま)
生野島
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生野島(いくのしま)上大崎群島]
のんびり生野
住所/広島県豊田郡大崎上島町東野
面積/2.26km2周囲/12.5km
人口/25人(H22)・35人(H17)・41人(H12)・50人(H7)国勢調査
アクセス/町営フェリー「さざなみ」
竹原→(30分)→大崎上島・白水港→福浦港(15分)
概要
生野島は大崎上島の北約400mに位置する島。東西に小高い山が聳え、真ん中が括(くび)れた佐渡島を小さくしたような形をしています。江戸時代には芸州藩の放牧場として使われ、馬島と呼ばれていたこともあったようです。南側の福浦港に定期船が就航。
島内からは縄文土器などの古代の遺物や古墳が見つかっており、古くから人の居住があったことが分かっています。月ノ浦、草浦、かんね、福浦などは古墳があった場所ですが、現在、形として確認できるものは箱式石棺古墳の福浦古墳だけで町文化財に指定されています。
椎実(しいのみ)観音堂の創建は文化3年(1806)。現在の建物は昭和46年に再建されたもので、本堂には安政5年(1858)に造られた馬頭観音石像が安置されています。
[足利浄圓師・迦洞無坪・種田山頭火]
種田山頭火
昭和7年に僧・足利浄圓(あしかが じょうえん)が来島し、翌年、新しき村「同朋園」を開き、柑橘栽培と布教活動を始めています。昭和10年、“新しき村”に共鳴した陶工の迦洞無坪(かとうむへい)が島に移住。そして、放浪の俳人・種田山頭火が2度にわたり無坪を訪ねています。「同朋園」は浄圓の理想郷でしたが、図らずも戦争によって志半ばで活動中止に至っています。
[戦後]
昭和21年に国の緊急開拓政策により121戸が入植、柑橘栽培を中心に開拓が進められ、ミカンの島として人口も増えていきましたが、昭和が終わりに近づくとともにミカン栽培は衰退していきます。
馬取海水浴場
人口減少と耕作放棄地が増えるなか、島の有効活用として島全体を自然休養村とし、サイクリングロードやシャワー設備のある海水浴場、10棟のバンガローを備えたキャンプビレッジなどの整備がなされ、来島者増加に期待が寄せられました。しかし、老朽化や採算の問題等で現在は活用が検討されている状態です。(2014年シーズンは海水浴場閉鎖※問い合わせ:大崎上島町商工観光課 0846-65-3120)

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