広島県の島金輪島(かなわじま)
金輪島
金輪島地図

広島市南区の宿
楽天ウェブサービスセンター

14/07/22-------------Copyright(C)日本の島へ行こう All rights reserved.

金輪島(かなわじま)
造船の島
住所/広島県広島市南区宇品町字金輪島
面積/1.05km2周囲/5.3km
人口/107人(H22)・83人(H17)・63人(H12)・68人(H7)国勢調査
アクセス/[時刻表(金輪島会)広島市営桟橋→(グランドプリンスホテル広島前)→金輪島桟橋(15分)
概要
広島湾の東側、宇品港沖に浮かぶ金輪島は造船の島。
宇品(うじな)は明治時代の半ば頃から軍都広島の兵站基地として発展を見せた所で、間近にある金輪島にも日清戦争が始まった明治27年(1894)に造船・船舶の修理を担う陸軍運輸部金輪島工場が設置されています。
金輪島
昭和の時代を迎え太平洋戦争が始まってからは陸軍船舶司令部(暁部隊)野戦船舶本廠に組み込まれ軍事色を強めていきましたが、敗戦でその機能を失うと工場は民間へ払い下げられることとなり、昭和26年(1951)に発足した「金輪船渠株式会社」が造船施設を引き継ぎ、後に「西武造船」を経て現在は「新来島宇品どっく」が船舶の修理等の事業を行っています。
島の南側は標高158mの金輪富士を頂点に雑木林の斜面が続き、北東部に「新来島宇品どっく」の工場施設、北部と北西部に民家が点在しています。
原爆慰霊碑
島の西側へ通じる「金輪トンネル」を抜け、北へ向かう道路を少し進んだ所に原爆慰霊碑が建てられています。昭和20年(1945)年8月6日の原爆投下で広島は焼土と化し、被爆し傷を負った人達およそ500人がこの島へ運び込まれ、手当てを受け、また命を落としています。平成10年8月建立。
江戸時代中期の宝暦10年(1760)頃、藩の奨励事業として島に蝋燭(ろうそく)工場が作られたことがあります。残念ながら原料となる櫨(はぜ)の実の不作で蝋燭作りは10年で中止になっていますが、秋になると当時を偲ばせるかのように櫨の葉が赤く紅葉します。

関連リンク