広島県の島芸備群島小佐木島(こさぎじま)・宿祢島(すくねじま)
小佐木島 小佐木島
小佐木島地図
▲日本の島へ行こうTOP広島県の島芸備群島●小佐木島
佐木島の宿
小佐木島に宿は無い
三原市の宿

12/05/30--------------Copyright(C) 日本の島へ行こう All rights reserved.

小佐木島(こさぎじま)芸備群島
アート島構想
住所/広島県三原市鷺浦町須波
面積/0.5km2周囲/3.2km
人口/13人(H17)・22人(H12)・33人(H7)国勢調査
アクセス/[マルト汽船
三原港→小佐木島(30分)

小佐木島は佐木島の北およそ300mの距離に浮かぶ小島で、南東の入り江に集落と静かな港があります。佐木島と同じように昔から漁業が行われず、秋になると斜面の畑でミカンが黄色く輝きます。過疎が進み島民のほとんどがお年寄りの小佐木島。この島から生活の音が消えるのもそう遠くない将来かもしれません。
島の起源は定かではありませんが、古代の製塩土器が発掘されたり、江戸時代の宝暦7年(1757)には山守が置かれたという記録があるようです。そして大正から昭和の始め頃にかけて造船の島として賑わいを見せ、昭和30年代には人口が140人程に達し、海水浴場に子供が遊ぶ景色が見られました。
その後日本が経済成長期を向かえると、島から都会へと人口流出が始まり、小佐木島にも空き家が目立つようになります。事件はバブルの崩壊が始まる1991年に起きています。7月終わりの暑い夏、14歳の少年と16歳の少女が体罰を理由に鉄のコンテナに閉じ込められ熱射病で命を落とすという事件です(風の子学園事件)。当時の小佐木島の人口は26人。過疎が進む静かな島での出来事として注目を浴びています。
小佐木島灯台
荒神社
今にも消えてしまいそうな小佐木島をアートの島として再生させるという構想が湧き起こっています。明治27年に初点灯を迎えた白亜の石造灯台。明治時代の「板図(船の設計図)」が残されていた荒神社(穀津神社)。懐かしい自然が残される島。そこに現代的なアートが加わるのも面白いことかもしれません。
宿祢島(すくねじま)芸備群島
裸の島
住所/広島県三原市鷺浦町須波
面積/0.007km2周囲/0.4km
人口/無人島

宿祢島
宿祢島は小佐木島の東約850mに浮かぶお椀を伏せたような小島です。島内からは先土器時代から縄文時代にかけての石器が発見されたり、天平2年(730)に宿禰神社が創祀されたという伝承があったりと古くから存在感があった島のようです。
裸の島
昭和36年にモスクワ映画祭でグランプリを受賞した映画「裸の島」の舞台になったことで知られる島です。監督・新藤兼人、主演は乙羽信子、殿山泰司。小さな島で暮らす夫婦と子供二人。毎日毎日隣の島から水を汲み、小舟で運び、桶を天秤棒で担ぎ、島の斜面を登り頂上の畑に水を撒く。喜びがあり、悲しみがあり、そしてまた毎日の生活が始まる。生きるということ、無声映画ではありませんが、台詞がほとんど無いことがかえって心に響きます。

関連リンク

三原市HP三原観光協会