香川県の島塩飽諸島粟島(あわしま)
awashima_ph.jpg 粟島
粟島地図

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12/07/20--------------Copyright(C)日本の島へ行こう All rights reserved.

粟島(あわしま)塩飽諸島
船乗りの島
住所/香川県三豊市詫間町粟島
面積/3.68km2周囲/16.0km
人口/289人(H22)・349人(H17)・415人(H12)・524人(H7)国勢調査
アクセス/[粟島汽船須田港→粟島港(15分)

粟島は塩飽諸島の一番南に位置し、庄内半島の付根にある須田港から客船で15分の距離にあります。3つの島が砂州で繋がり一つになったもので、入り江は古くから風待ち潮待ちの港として利用されていました。戦国時代は塩飽水軍の拠点となり、江戸時代から明治時代の初めの頃までは北前船の寄港地として栄え、そして時代とともに北前船は姿を消しますが、その後の海員学校の設立で多くの優秀な船乗りを輩出し、粟島は“船乗りの島”と言われるようになります。
粟島海員学校校舎
日本初の船乗り養成学校「村立粟島海員補習学校」は島の有志たちによって明治30年に設立されたものです。後に県立、そして国立粟島海員学校へと昇格していきますが、海運業の衰退などで昭和62年に廃校となり、90年の歴史に幕を下ろしています。学校跡地は粟島海洋記念公園として多目的広場、テニスコート、キャンプ場、宿泊施設「ル・ポール粟島」などの施設が整備され、大正9年に建てられた洋風校舎はそのままの形で粟島海洋記念館となっています。
亀戎社
粟島港に到着すると竜宮城の形をした建物が見えてきます。これは集排処理施設を竜宮城に仕立てたもので、粟島が浦島伝説ゆかりの地であることを示しています。浦島伝説は日本各地に残されていますが、庄内半島や粟島には物語りにまつわる地名が多いのが特徴です。粟島の亀戎社(かめえびすしゃ)は伝説の亀の霊が祀られる社。姫路は乙姫様が太郎を浦島の里へ送り届けた後に身を寄せたと伝わる場所です。
粟島の最高点城ノ山(じょうのやま)(標高222m)には戦国時代に矢倉(八倉)弾正を城主とする粟島城があったと伝えられています。麓から登山道を登ると頂上に展望台があり絶景が開けます。
阿島山へと繋がるトンボロ(陸繋砂州)の西側は1,000mの砂浜が続く西浜海水浴場になっています。夕陽が綺麗です。
2010年に開催された第1回「瀬戸内国際芸術祭」は好評のうちに幕を閉じていますが、粟島ではその気運を継続させようと休校中の中学校を利用して「粟島芸術家村」が催されています。若手芸術家3名を島に招き、交流と創作活動を行ってもらい、2013年に開催される第2回「瀬戸内国際芸術祭」に繋げるのが狙いです。

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