香川県の島大島・兜島
大島
大島図
大島(おおしま)
療養所の島
住所/香川県高松市庵治町(あじちょう)
面積/0.62km2周囲/4.2km
人口/115人(H22)・?人(H17)・290人(H12)・378人(H7)国勢調査
アクセス/庵治港→大島港(約15分)
高松港(サンポート高松)→大島港(約25分)
概要
屋島の戦い
香川県の大島は源平の合戦で有名な屋島の北約2kmに浮かぶ。2つの島が砂州で繋がり1つになった。江戸時代高松藩領最大の島だったことから大島と呼ばれる。
1183年、京を追われた平家は屋島に拠点を移し再興をはかったが、1年半後、源義経の奇襲をうけ、屋島の戦い(1185年2月)が起こる。この時亡くなった多くの武士が大島の浜に埋葬されたといわれている。港からほど近い松林は「墓標の松」と呼ばれ、800年以上昔の出来事を偲ばせている。
墓標の松
定住の始まりは不明。江戸時代に高松藩領だったころは山守りが置かれ、明治期には半農半魚の生活を営む家が10戸ほどあった。「癩(らい)予防に関する法律」により明治42年に「らい療養所」が設立された。
“らい病”は古くから不治の病と怖れられてきたが、治療により感染力は失われ、完全に治癒する病気だということが分かっている。患者を強制的に療養所に隔離し、差別と偏見を助長してきた「らい予防法」が廃止されたのは平成8年。呼び方も正式に“ハンセン病”と改められ、関係者の復権が模索されるようになったが、根強い偏見の払拭には多くの時間が費やされた。
現在の大島は、「国立療養所大島青松園」の入所者と職員とその家族の方だけが在住している。平成27年4月の入所者数は69人、平均年齢82.4歳。
兜島(かぶとじま)
平家の兜
住所/香川県高松市庵治町
面積/0.15km2周囲/1.8km人口/無人島
アクセス/チャーター:高松海上タクシー
概要
兜島鎧島
大島の1kmほど東の海には3つの無人島が並ぶ。一番大きい島が兜島、その南にあるのが鎧島(よろいじま)、さらに東にある小さい島が稲毛島(いなげじま)。
兜島の標高は63m、周囲1.8km。別名「大兜島」、南側の鎧島を「小兜島」と呼ぶこともある。屋島の戦いで敗れた平家が兜を置いていったことが名前の由来だといわれている。
現在は無人島で時折釣り人が訪れるくらいだが、過去には居住があったようだ。
江戸時代の享保年間(1716~36)には「お株守り」という島番が置かれていた。戦後まもなくまでは東の浜付近で水晶や珪石などの採石が行われ、昭和43年まで数人が暮らしていた。昭和35年の国勢調査では人口2人を数えている。東の浜には畑跡などが残っている。〈SHIMADASより〉

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