高知県の島沖の島姫島
沖の島
沖の島の地図
沖の島(おきのしま)
石段の町
住所/高知県宿毛市沖の島町
面積/10.0km2/周囲/20.0km人口/149人(H27)・194人(H22)・236人(H17)・314人(H12)・400人(H7)国勢調査
アクセス/【市営定期船
片島港→(50分)→母島港→(15分)→弘瀬港
片島港→(1時間20分)→弘瀬港→(15分)→母島(もしま)港
他チャーター船
概要
母島の集落
高知県の“沖の島”は四国の最南端・足摺岬の西方約40km、宿毛(片島)港から南西へ約25kmの距離に浮かぶ有人島。標高404mの妹背山(いもせやま)を中心に高い山々が海岸線まで迫り、数百年にわたって積み上げられた石段の上に民家が軒を連ねている。その景色は2009年に鵜来島とともに『石垣・石段とともにある暮らし』で「島の宝100景」に選ばれた。
三浦家一族の墓
集落は北部の母島(もしま)地区と南部の弘瀬地区を中心に古屋野、谷尻、久保浦などの小集落が点在し、母島には元久2年(1205)に鎌倉から訪れた山伏が住み着いたという伝説、弘瀬には咎(とが)を受け鎌倉を追われた三浦則久一族がこの島に移り住んだという話が伝わる。「今昔物語」や「宇治拾遺物語」には小舟で流れ着いた兄妹が夫婦となって住み着き、子孫を増やしていったという妹背島伝説もあり、平安末期か鎌倉時代の初めの頃には定住が始まったものと考えられている。
沖の島の歴史は伊予と土佐の国争いの中にあった。室町期になり母島に至った伊予の勢力と柏島を経て弘瀬に及ぶようになった土佐の勢力の間で領土争いがおこる。一度は収まった国境争だが江戸期になると再燃し、決着がついたのは万治2年(1659)のこと。土予の国境が無くなったのは沖の島が高知県に編入された明治7年になってから。この長い分断の歴史は母島、弘瀬に独自の風俗習慣を生み、今でも生活の中に引き継がれている。
1968年に公開された映画「孤島の太陽(吉田憲二監督、樫山文枝主演)」は弘瀬出身の保健婦・荒木初子さんをモデルに、沖の島を舞台にした映画。保健婦としてこの島に赴任し、フィラリアに苦しむ島民を献身的な努力によっ救う、明るい女性を描いたもの。また、彼女は助産婦としても活躍しており、「やすきよ漫才」で一世を風靡した横山やすしを取り上げたのは、この荒木初子さんだという話もある。
フィラリアから開放された沖の島は昭和30年頃には2,000人もの人口を数えたという。段々畑は山の頂にも迫り、港には黒潮の恵みを得るための漁船が並ぶ活気のある島だった。50年以上を経た現在は過疎と高齢化が進む島となり、生きた段々畑も数を減らし、港には釣り人やダイバーを乗せる船が並ぶ島へと変わっている。
姫島(ひめしま)
ダイビングスポット
面積/0.48km2●周囲/3km人口/無人島
概要
姫島は沖の島の西約4kmに浮かぶ無人島。横から見ると裸の女性が横たわっているように見えることから名が付いたという話もある。標高157mの小島は断崖に囲まれ、東側に上陸可能な小さい浜辺はあるが、南側は100m以上の崖になっている。
周囲の海は透明度が高く、北東側は海中公園に指定される美しい海域が広がり、北の水島、東の三ノ瀬島を含め、ダイビングスポットとして注目されている。釣り・ダイビング情報は沖の島案内

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