岡山県の島児島諸島松島(まつしま)
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松島(まつしま)[児島諸島]
過疎の島の純友神社
住所/岡山県倉敷市下津井
面積/0.08km2周囲/1.2km
人口/5人(H17)・5人(H12)・15人(H7)国勢調査
アクセス/ 児島観光港下津井港からチャーター船

岡山県側から瀬戸大橋を渡るとすぐに香川県になります。岡山県倉敷市下津井と香川県の櫃石島を結ぶ下津井瀬戸大橋は県境に架かる橋で、その橋を渡る時に左手(東側)に見える小さな島が松島です。
周囲1km程の小さな島の南側に港と集落があり、“岡山県の有人島の中で一番小さい島”と言われてきましたが、平成12年、17年の国勢調査で人口は僅かに5人、そしてその後はさらに人数が減っているようで、このままいけば“一番小さな有人島”というキャッチフレーズを返上して、無人の島ということになりそうです。
かつては港に漁船が並び、周囲の豊かな海での漁業が生活を支え、昭和25年には下津井西小学校松島分校も開校しています。そして、昭和50年頃までは50人程の人口を数えていましたが、その後は次第に過疎化が進み、平成元年には分校も休校になり、平成12年に廃校になっています。
松島の入植が進んだのは、おそらく児島諸島が岡山藩の所領になった17世紀の半ば頃から18世紀の始めにかけてのことだと思われますが、それ以前の歴史としては、平安時代中期に起きた藤原純友の乱が挙げられます。
藤原純友の乱は、ちょうど時を同じくして関東で起こった平将門の乱と併せて「承平・天慶の乱」と言われ、武士の存在が確立されていく上での萌芽的事件として捉えられているものです。
藤原純友は当初、瀬戸内海に出没する海賊を取り締まるために伊予国に赴任してきましたが、次第に自らが勢力を増し、逆に瀬戸内海を荒らしまわる海賊の頭領として、遂には朝廷に対する反逆者として討たれることになります。
松島には純友が瀬戸内海を荒らしまわった時の拠点の一つとして城が築かれていました。今では大丸城址と呼ばれるその場所は竹藪が覆い、その存在を示すものは残されていませんが、近くには藤原純友を祀った純友神社が歴史を密かに伝えるかのように佇んでいます。
関東で朝敵となった平将門を祀る神社は数多く有りますが、伊予の朝敵・藤原純友を祀る神社は、この松島にある純友神社だけだと言われています。その神社も過疎が進む島の中で、朽ちて忘れ去られようとしている今、千年以上前の豪傑は瀬戸に架かる橋を眺めながら何を思っているのでしょうか?

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10/07/29----------------------------------------------------------------Copyright(C)日本の島へ行こう All rights reserved.

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