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柱島
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12/04/13-----------------------Copyright(C) 日本の島へ行こう All rights reserved.

柱島(はしらじま)柱島群島
戦艦陸奥が謎の爆沈
住所/山口県岩国市柱島
面積/3.12km2/周囲/8.5km
人口/228人(H17)・282人(H12)・320人(H7)国勢調査
アクセス/[岩国柱島海運
岩国・新港桟橋→柱島(38分)(黒島、端島経由は59分)

北は広島県の倉橋島、南は山口県の屋代島、二つの大きな島の間にはいくつもの小島が点在しています。そしてそのほぼ中央に位置する島が柱島です。柱島は山口県岩国市に属し、岩国新港から一日3~4便の定期船が片道40分から1時間ほどで運行しています。
標高262mの金蔵山を中心に斜面が海岸線まで続き、東側の比較的緩やかな斜面に集落があります。生活は近海での漁業と畑作やミカン栽培などの半農半漁で、釣りなどで島を訪れる人も多いことから旅館を営む家もあります。
賀茂神社
集落の外れにある賀茂神社は島の産土神(うぶすながみ)として古くから信仰を集めてきた神社ですが、御神体には神武天皇をはじめ88柱の神々が祀られています。時代とともに色々な神が合祀されていったのかもしれませんが、柱島という名はこの御柱の多さから名付けられたと言われています。
中世になると瀬戸内海では水軍が勢力を振るうようになり、柱島は長い間その拠点となっていたようです。島の頂上に水軍の城があったと言われていますが、今ではその痕跡はほとんど残ってはおらず、付近には太平洋戦争当時の見張り塔の跡や貯水槽が残されています。
戦艦陸奥英霊之墓
島の南端の洲鼻に「戦艦陸奥英霊の墓」と書かれた塔があります。昭和18年6月8日12時10分、戦艦陸奥が柱島南西沖約2kmの地点で謎の爆沈を遂げ、1,121人の犠牲者を出すという事件が起きています。この時多くの遺体が洲鼻や続島に流れ着き、事実が敵方に漏れないように秘密裏に荼毘に付されたと言います。後に柱島の人達が残された遺骨を拾い、犠牲者を悼んでこの地に墓を建てたものです。
赤禰武人
港から南へ向かう坂道を少し登った所にある西栄寺には赤禰武人(あかねたけと)の墓が残されています。赤禰武人は高杉晋作の奇兵隊でも活躍した長州藩士で尊皇攘夷の活動家でしたが、高杉などの倒幕急進派と対立、そして幕府のスパイとの嫌疑をかけられ長州藩によって処刑された人物です。武人はこの島で育ち、この島に潜伏しているところを捕らえられ山口市の出合河原において斬首されています。享年28歳。

続島(つづきしま)
面積/0.1km2 人口/無人島

戦艦陸奥が謎の爆沈を遂げたとき、当時の海軍はこの事実を隠すために数百もの遺体をこの続島で秘密裏に荼毘に付しています。

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