山口県の島熊毛群島祝島(いわいしま)
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祝島(いわいしま)熊毛群島
石積の島
住所/山口県熊毛郡上関町(かみのせきまち)大字祝島
面積/7.69km2周囲/12.7km
人口/518人(H17)・644人(H12)・775人(H7)国勢調査
アクセス/[上関航運
柳井港→四代→蒲井→上関→室津→祝島(1時間10分)

祝島は山口県の南端に位置する熊毛群島に属し、瀬戸内海に突き出た室津半島と架橋された長島の南西端から3kmほど沖に浮かぶ離島です。島全体を300mを超す山々が連なり、平地は少なく集落は北東側の一区画に軒を連ねて密集しています。古代より瀬戸内海の海上交通の要所として、また海の安全を見守る神の島として崇められてきました。
万葉の碑
『家人は 帰り早来(こ)と 伊波比島(いはひしま) 斎(いは)ひ待つらむ 旅ゆく我を』、『草枕 旅ゆく人を 伊波比島 幾代経るまで 斎ひ来にけむ』。「万葉の碑」に刻まれた二つの歌は万葉集第15巻に収められているもので、天平8年(736)の遣新羅使に随行した人がこの祝島に航海の安全を託して歌ったものとされています。“伊波比”という字が当てられていますが、当時からこの島が“いわひ(い)しま”と呼ばれる島で、信仰の対象になっていたことが分かります。
平家塚
カタイ遺跡は弥生時代の土器片が見つかった場所。行者堂は奈良時代初期、修験道の開祖とされる役小角(えんのおづの)が修行をしたとされる場所。平家塚は平安末期の武将で、平家物語にも登場する平景清の墓だと伝えられるもので、真偽はともかく島の歴史の古さを感じさせてくれます。
漆喰の塀
集落を歩けば入り組んだ細い路地と重厚な石積の練塀が目に付きます。これは台風や冬の季節風から家を守るために造られたもので、この島の特徴的な景色の一つにになっています。
平さんの棚田
平地の少ない土地での段々畑や棚田は一般的ですが、祝島の“平さんの棚田”は8mもある石垣が3段重なる見事なもので、親子3代にわたって築き上げられた石垣を見物に訪れる人も後を絶たないようです。2009年には『石垣の棚田(pdf)』で「島の宝100景」に選ばれています。
古くは遣隋使の時代から大分県の姫島と祝島の間には航路が開かれていたことが知られています。祝島に伝わる「神舞神事(かんまいしんじ)」は4年に一度オリンピックの年に催される祭りで、大分県国見町の伊美別宮社から神職等を招き、勇壮な入船出船の神事と神楽舞が5日間にわたって奉納されます。起源は仁和2年(886)まで遡ると言われ、祝島の歴史の古さを知ることができます。
特産品は新鮮な魚介類や石豆腐、無農薬のビワやヨモギなどが挙げられ、「にほんの里100選」に選ばれています。

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