鹿児島県の島桂島・蕨島
桂島・蕨島
桂島図
桂島(かつらじま)
八代海の夕景
住所/鹿児島県出水市荘
面積/0.33km2●周囲/2.7km●人口/13人(H22)・18人(H17)・32人(H12)・26人(H7)国勢調査
●アクセス/定期船は無く、蕨(わらび)島・野口港からチャーター船で約10分
概要
桂島は出水市の蕨島から北へ約2kmの海上に浮かぶ島。小島と前島の二つの無人島を従えています。これらの島は堤防で繋がり、波風を凌ぐ良港が造られています。平地が少なく農地がほとんど無い桂島にとってこの安全な漁港が生活の支えになっています。
寛政年間(1789年~1800年)に天草から3家族が移住したという記録があり、これが定住の始まりとも言われています。1792年(寛政4年)に雲仙普賢岳が噴火、島原城下町の背後にある眉山が大崩落を起こし、それによる津波が対岸の天草に大きな被害を出しています。「島原大変肥後迷惑」と呼ばれ語り継がれています。この災害が原因で3家族が移り住んだ可能性も無きにしも非ずです。
桂島の人口は昭和30年に170人の人口を数えたことがありまが、それをピークに人口減少が続き、平成22年の国勢調査では13人に数を減らしています。
蕨島(わらびじま)
ツルが舞い降りる向こうに茂る森
住所/鹿児島県出水市荘
面積/0.87km2周囲/4km人口/?
アクセス/出水駅からツル観察センターまで車で約20分/出水ツル観光周遊バス有
概要
出水市は鶴の飛来地として有名。江戸時代初期に干拓がはじまり、元禄の頃、干拓地に鶴が舞い降りるようになったと言われています。当時はまだ海岸線に干潟が広がっているような状態でしたが、それでも蕨島は島としての存在を示していました。
終戦を迎えた昭和20年頃から再び干拓が始まり、蕨島の南側まで埋め立てが進み、現在のように陸続きになったのは昭和33年のことです。一時期は乱獲などによりその数を減らした鶴も昭和27年には「鹿児島県のツルおよびその渡来地」として特別天然記念物に指定され、その後住民の保護活動により飛来数が一万羽を超えるようになりました。干拓は昭和40年まで続き、鹿児島県の出水と言えば広大な田んぼと無数の鶴というイメージが定着、多くの観光客が訪れています。餌をついばみ優雅に羽を広げる鶴の向こうに、こんもりと茂る蕨島の姿があります。
毎年10月頃になるとシベリヤや中国北東部から越冬のため飛来し、翌年2月頃になるとまた飛び去っていきます。出水に訪れる鶴の多くはナベヅルやマナヅルですが、なかにはクロヅルやカナダヅルなども見ることができます。

関連リンク

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