鹿児島県の島奄美群島喜界島(きかいじま)
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14/01/15------Copyright(C) 日本の島へ行こう All rights reserved.

喜界島(きかいじま)[奄美群島]
俊寛の墓は本物?
住所/鹿児島県大島郡喜界町
面積/56.91km2周囲/48.6km
人口/8,572人(H17)・9,041人(H12)・9,268(H7)国勢調査
アクセス/【船】A''Line マルエーフェリー
鹿児島新港→湾港(11時間)/奄美大島・名瀬港→湾港(2時間30分)
【飛行機】喜界空港日本エアコミューターJAL
鹿児島空港→喜界空港(1時間15分)/奄美空港→喜界空港(20分)
概要
百之台公園
奄美大島の東方約25kmに浮かぶ喜界島。南西諸島ではよく見られる隆起サンゴ礁の島で、聳えるような高い山は見られずなだらかな丘陵が続きます。島の中央部の百之台[ひゃくのだい](204m)が最高点で、周囲が一望できる百之台公園の展望台からは絶景が楽しめます。
石垣
人口は湾港の辺りに密集していますが、起伏が穏やかなこともあり、沿岸部を中心にあちらこちらに38もの集落が点在しています。路地を歩くと南国ならではのサンゴの石垣が見られ、昔ながらの風景に出会うことができます。喜界島にはハブがいないとされているため、石垣の隙間に巣を作られる心配が無いことから、そのまま昔の石垣が残されています。特に島の東側にある阿伝集落にはサンゴの石垣がたくさん残され観光コースになっています。
島名の由来ははっきりしませんが、8世紀末に完成した続日本紀には「爾賀委(ジガイ)」という名で記されているようです。その後「貴賀井島」、「貴海島」、「鬼界島」、「奇界島」など時代や場所によって表記もいろいろと変わります。1645年の薩摩藩の代官記に「喜界島」と記されたものがあり、それが現在に通じているようです。
平家物語などで語られる「鹿ケ谷の陰謀(1177年)」では藤原成経・平康頼、俊寛僧都が流された島を「鬼界ヶ島」としています。「鬼界ヶ島」には諸説があって、この喜界島、薩摩硫黄島(鬼界ヶ島)、長崎県の伊王島が候補に挙げられていますが、喜界島にある俊寛の墓からは人骨や金具、木片などが見つかっており地元では俊寛配流の地として自信を深めているようです。
見どころ
喜界島には「空港臨海公園」、「メンハナ公園」、「中西公園」、「百之台公園」、「ムチャ加那公園」などのきれいな公園がたくさんあり、島内バスやレンタカーで公園巡りをすのも楽しそうです。
ムチャ加那公園
ムチャ加那公園…薩摩統治時代に美人がゆえに悲しい運命をたどったウラトミ、ムチャ加那親子の物語にちなんで造られた公園。奄美島唄の「ムチャ加那節」はよく知られている民謡です。
雁股の泉…勇猛で弓の名人として知られる源為朝ゆかりの泉。保元の乱(1156年)で活躍したが敗れて伊豆に流され八丈島で切腹自害したとあるが、一方で琉球に逃れ琉球王になったという伝承もある。琉球に渡る前に喜界島の小野津沖から矢を放ち、その矢を抜いたら泉が出てきたというのが"雁股の泉”。
池治海水浴場…湾港の北側にある島で一番大きな海水浴場。
特産品
サトウキビ栽培が基幹産業で、黒砂糖や黒糖焼酎は有名。また花良治(けらじ)みかんやタンカンなどの島みかんの栽培も盛んで、あまり知られていないところでは白ゴマの生産量は日本一。奄美の代表的な大島紬(つむぎ)もお土産でよく買われています。

関連リンク

【鹿児島県喜界町】