長崎県の島端島(はしま)
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端島(はしま)[軍艦島]
崩れ行く要塞
住所/長崎県長崎市高島町
面積/0.063km2周囲/1.2km人口/無人島
アクセス/長崎港野母崎などからチャーター船
概要
職員住宅1
小さな島に廃墟と化したビルが立ち並ぶ。端島はその姿から別名“軍艦島”と呼ばれています。
端島の石炭採掘の歴史は明治23年(1890)に始まり、昭和49年(1974)1月15日に閉山するまでの83年間にわたります。
中学校
年々高まる需要に増員が続き、採掘残土で埋め立てられて大きくなった島には当時珍しかったコンクリート造りの高層団地が次々に建てられ、ピークとなった昭和30年代半ばの人口は5,000人超、1平方キロメートルあたりの人口密度が83,000人以上という想像を絶する島となっていました。
総合事務所
しかし、時代は石炭から石油へ。国のエネルギー転換政策もあり、昭和40年を迎える頃から急速に人口が減りはじめ、昭和49年1月15日に端島鉱閉山、当時2000人ほどいた住人は次々に離島、4月20日には定期船も廃止され、端島は無人の島へと変貌を遂げたのです。
荒れるにまかせ、廃墟と化した端島の立ち入りは長い間制限されていましたが、廃墟ブームや世界遺産登録の話などで脚光を浴びるようになり、長崎市は観光ルートの整備を進め、2009年4月22日遂に上陸解禁へと至っています。炭鉱の閉山から35年の時を経ての上陸許可は話題になり、観光化に弾みがかかっているようです。
ビル6ビル7
2008年9月、端島は「九州・山口の近代化産業遺産群」の一部として世界遺産暫定リストに追加記載が決定、2009年1月に記載され、2015年に審議となっています。
国土交通省は『昭和の栄華を物語る「軍艦島」』として端島を「島の宝100景」に選定(2009年)。
中ノ島
中ノ島(なかのしま)
端島住民憩いの場
住所/長崎県長崎市高島町
面積/0.03km2周囲/0.7km人口/無人島
アクセス/長崎港や野母崎などからチャーター船
概要
中ノ島廃墟
中ノ島は端島の北北東約700mに浮かぶ無人島。炭鉱開発は明治12年(1879)に始められ、同17年に官有となった後、三菱に払い下げとなり同26年まで石炭採掘が行われていました。坑道の湧き水が多く、掘削困難となったことが閉山の理由でした。
閉山後は桜が植えられ、花見場などになっていましたが、本格的に島内が整備され緑地公園化されたのは昭和37年(1962)のことです。島内には遊歩道、展望台、遊具などが造られ、当時、超人口過密状態にあった端島島民の憩いの場として利用されました。また端島に無かった火葬場や納骨堂も造られています。
昭和49年に端島炭鉱が閉山となってからは釣り人以外は中ノ島を訪れる人もなくなり、整備された公園は時とともに形を無くし、朽ちた階段やレンガ積みの跡が僅かに残るだけの島となっています。

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