長崎県の島伊王島(いおうじま)・沖之島(おきのしま)
伊王島
伊王島図
伊王島(いおうじま)
キリシタン、炭鉱、そしてリゾートアイランド
住所/長崎県長崎市伊王島町
面積/2.18km2●周囲/12.2km
人口/807人[伊王島283人・沖之島524人](H17)・1,035人(H12)・1,160人(H7)国勢調査
アクセス/伊王島大橋
長崎県道250号伊王島香焼線
概要
北側は伊王島、南側は沖之島。一見一つの島のように見えますが、実は20~30mほどの瀬戸を挟んで2つの島に分かれています。狭い瀬戸には3本の橋が架かり、自由に往来ができるようになっています。しかし、一般的には両方合わせて伊王島と呼んでいるようです。
長崎港から伊王島まで高速船で19分、最初の目印になるのが沖之島天主堂(馬込教会)です。江戸時代にはキリシタン弾圧から逃れた多くの信者達が隠れ住んだ隠れキリシタンの島でしたが、明治になってキリスト教が認められるようになると信者達も息を吹き返し、明治23年にゴシック様式の教会が建てられました。現在の天主堂は昭和6年に建て替えられたもので、国の有形文化財に指定されています。夜にはライトアップされ、威厳のある姿が美しく輝きます。
伊王島は昭和40年代まで炭鉱で栄え活気に満ちた島でしたが、時代とともに石炭の需要が減り、炭鉱は閉山、人口も激減し衰退の一途を辿ってきました。平成の時代になり観光化が進められ、温泉や宿泊施設がある「やすらぎ伊王島 icon」や体育館や図書館を備えた「ヴィラ・オリンピカ伊王島」という施設も整備され、交流や教育の場として提供されています。
北部にある海岸を白い砂浜と美しい浜辺の海水浴場として整備し「コスタ・デル・ソル(スペイン語で太陽の海岸)」と銘打って観光化を進めています。
平安時代に平家打倒を企てた首謀者としてこの島に流されたという言い伝え(鹿ヶ谷の陰謀、1177年)。この島には「俊寛僧都(しゅんかんそうづ)の墓」と、またその俊寛の悲しみを詠った「北原白秋の歌碑」があります。
長崎半島の香焼町と沖之島を結ぶ橋が建設中ということですが、完成は未定です。

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