長崎県の島平戸諸島大島・乙子島・宇々島・古路島・藪路木島
大島
小値賀大島
大島(おおしま)平戸諸島
巨大火山弾
住所/長崎県北松浦郡小値賀町大島郷
面積/0.71km2周囲/7.8km
人口/77人(H22)・93人(H17)・103人(H12)・115人(H7)国勢調査
アクセス/小値賀島・笛吹港→大島(10分)[はまゆう]
小値賀島の南西に点在する島島。乙子島、古路島、藪路木島、宇々島、そして有人島の大島。
小値賀諸島は火山噴火でできた島、随所に痕跡が残されています。大島の西側の海岸には大きな火山弾が散見され、県の天然記念物に指定されています。
産業は近海での漁業や山あいでの農業。特産はウニ、アワビ、スイカ、メロンなど。
小値賀小学校大島分校があります。
乙子島(おとごじま)
ヤギが繁殖
面積/?km2周囲/約1km人口/無人島
周囲1km足らずの島にヤギが繁殖。島の食物を食い荒らすというのでヤギ捕獲が行なわれました(H19年2月)。
島は火山でできた島。安山岩の土壌が海に流れ込むと海草などに被害が出ます。そのため、荒れた土壌に植林を行なって自然を取り戻す作業が行なわれています。
宇々島(ううじま)
困窮島
面積/0.09km周囲/?km人口/無人島
宇々島は大島の500mほど東にある島、かつては大島の「困窮島」となっていました。「困窮島」とは本島で貧しくなり生活が困難になった人を近くの無人島などに移し、税や賦役を免除し島の開拓にあたらせて生活の立て直しをさせる制度のことです。この制度は瀬戸内海や奄美諸島でも見られたもので、宇々島では享保の大飢饉(1732年)から昭和39年まで行なわれていました。大島の港には火山弾で固めた「自力更生之碑」が建っています。
古路島(ころじま)
ネック
面積/0.07km2周囲/?km人口/無人島
Y字型の岩頸
火山できた古路島の地質は玄武岩溶岩と岩滓(がんさい)で構成されており、南西側には火山の火口壁が海食によって削られY字型の岩頸(がんけい)[ネック]が露出しています。県の天然記念物に指定されています。
藪路木島(やぶろぎじま)
中山四右衛門
面積/0.47km2周囲/?km人口/無人島
大島の北にある島。昭和47年までは有人島でした。
中山四右衛門の碑
島内からは縄文時代の遺物が出土しており、古くから人の営みはあったようです。江戸時代には流刑地として利用されていましたが、その後大島からの移住などで集落ができていったようです。昭和30年代には人口は150人を超えたこともあります。
港の近くに中山四右衛門という人の碑が建てられています。天保年間(1830~1844年)、藪路木島の10kmほど西にある美良島・倉島を没収するという役人の通達に対して命を賭して異を唱え、島を守ったと伝えられています。

関連リンク

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