沖縄県の島>>古宇利島(こうりじま)
古宇利島の地図(Yahoo!地図情報)
古宇利島(こうりじま)
古宇利島(こうりじま)
沖縄にあったエデンの園
住所/沖縄県国頭群今帰仁村(なきじんそん)字古宇利
面積/3.12km2周囲/7.9km
人口/358人(H21・5・31住民登録)・336人(H12)・347人(H7)国勢調査
アクセス/国道58号線→県道110号線→奥武島→屋我地島→古宇利島
(名護市役所前から40分程/許田ICから50分程)

旧約聖書『創世紀』では、最初の人間であるアダムとイブがエデンの園で禁断の果実を食べてしまったことで、裸でいることに恥じらいを感じ、イチジクの葉で性器を隠します。そして犯してしまった罪に対する罰として、男は労働の苦痛を、女は妊娠に伴う苦痛を与えられてエデンの園を追われてしまう、という話になっています。
古宇利島にも似たような人類発祥伝説があります。
昔、古宇利島に空から男女二人の子供が降ってきた。彼らは全くの裸であり毎日天から落ちる餅を食べて幸福に暮らしていた。最初はそれに疑問を抱かなかったが、ある日餅が降らなくなったらどうしようという疑念を起こし、毎日少しずつ食べ残すようになった。ところが二人が貯えを始めたときから餅は降らなくなった。二人は天の月に向かい声を嗄らして歌ったが餅が二度と降ってくることはなかった。二人は生活と労働の苦しみを知り、ジュゴンの交尾を見て男女の違いを意識し、恥部を蒲の葉で隠すようになった。この二人の子孫が増え琉球人の祖となった、と云う神話である。[Wikipedia古宇利島より抜粋
アダムとイブの話によく似ていますが、どこか微笑ましい感じがしてきます。
沖縄のキリスト教伝来は1622年、石垣島に寄港した南蛮船によって伝えられたと言われています。琉球とキリスト教の関係はあまり密接ではないような気もしますが、何処からともなく聖書の話が伝わり、古宇利島の古い歴史と絡まって人類発祥伝説が生まれたとしてもおかしくはありません。
14世紀~15世紀初期の沖縄は三山鼎立(ていりつ)と呼ばれている時代で、北山、中山、南山の3つの勢力が支配していました。そのなかの北山の拠点になっていたのが今帰仁城です。今帰仁城から東の海を眺めると古宇利島が見えます。昔、古宇利島は“クイジマ”あるいは“フイジマ”と呼ばれていました。クイとかフイというのは「海の向こうの地」という意味で、海の向こうに見える丸い台地に特別な世界を感じていたのかもしれません。
古宇利島には北山時代の古いグスク(城)跡や、古宇利港の近くには先史時代の古宇利原遺跡も発掘されています。自分達が辿れないほどの昔から、この地に人が住んでいたことを肌で感じていた島の人々は、いつしか先祖と自然の恵みに対して祈りを捧げるようになります。沖縄の最初の人間が降り立ったと言われるチグヌ浜で、毎年旧暦7月の盆明け亥の日に海神(ウンジャミ)祭の儀式が行われます。海の彼方から幸福を運んでくれる神を迎え、そして送る。古式ゆかしい伝統行事が残る古宇利島です。しかし、一方では祭祀を執り行うカミンチュ(神人)も、高齢化により数を減らしているという現実もあるようです。
屋我地島と古宇利島を結ぶ古宇利大橋は2005年2月8日に開通しました。以前は運天港からフェリーが一日5便出ていて島の生活を支えていましたが、そのフェリーも廃止になり、今では車で自由に行き来ができる島へと変わっています。エメラルドグリーンの海の上を真っ直ぐに伸びる全長1,960mの橋は、人々をエデンの園へと導いてくれるのか、それとも禁断の果実を与えようとしているのか神様の知るところでしょう。

関連リンク

今帰仁村役場
古宇利島 YOSHIKA
▲沖縄県のTOP ▲日本の島へ行こうTOP
◆本部・名護・国頭の宿[じゃらん] icon
09/06/13 更新