佐賀県の島玄海諸島向島(むくしま)
向島(むくしま)玄海諸島
秀吉が“向こうの島”と呼んだ島
住所/佐賀県唐津市肥前町向嶋
面積/0.30km2周囲/4.0km
人口/90人(H17)・95人(H12)・131人(H7)国勢調査
アクセス/【船】星賀港→向島漁港(15分)

唐津市肥前町は東松浦半島の付根から西へ突き出た入野半島一帯の地域で、向島は肥前町納所(のうさ)の北西約2.5kmの海上に浮かんでいます。南側の小高く盛り上がったクラマ岳(67m)が特徴的で、港がある南東側を除いて断崖が続いています。なかでも北海岸の「たて岩」と呼ばれている所では、みごとな玄武岩の柱状節理が見られます。
向島行きの定期船は「鷹島肥前大橋」のふもとにある星賀(ほしか)港から1日2便、片道15分で運航しています。星賀港は天然の良港として長崎や北部九州へ向う貨物船の寄港地として栄えてきましたが、時代とともにその数を減らし、今では沿岸漁業の一本釣り漁船が並ぶ静かな漁港といった佇まいを見せています。「鷹島肥前大橋」は長崎県の鷹島と肥前町を結ぶ橋長1,251mの斜張橋で、平成21年4月18日に開通しています。星賀港は大橋の全景を眺めることができる絶好のビュースポットの一つで、夕陽に映える斜張橋の姿は長閑な海と山の景色に建造物の新たな輝きを加えています。
向島の定住の始まりは、文禄年間(1592~1596年)の頃だと言われています。松浦の有力豪族だった波多氏は、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に命令に背いたとして、文禄2年(1593)に所領を没収され追放離散の憂き目にあっています。その時に一族の一派がこの向島へと移り住み、代々島の歴史を刻んできました。
産業は近海での漁や磯での採貝などが中心で、好漁場を生かした釣り船も人気を呼んでいます。特産品はサザエ、ウニ、アワビなどが挙げられますが、ウニに味噌を混ぜて作る「がぜみそ」は古くから島の味として親しまれています。
向島に流れてきた静かな時間は、あちらこちらに奇妙な伝説と地名を残しています。「金山(きんざん)ぶつぶつ」、「海賊と宝と洞窟」、「悲恋!おたよさん」などなど・・・。
「金山ぶつぶつ」とは、真夜中になると人の話声がブツブツと聞こえてくるという所で、昔はここで金の採掘が行われていたようですが、大きな金脈が見つからず、後に無縁仏を葬ったお墓になったという、神霊スポットのような所です。多分、小さな洞窟に波や風の音が共鳴して、そのように聞こえたのではないでしょうか? 実際にその音を聞いたという人はあまり居ないようですが・・・。
「海賊と宝と洞窟」とは、北側のタテ岩の辺りにある洞窟の話で、その昔、秀吉に追われた武将が身を隠し、財宝を埋めた洞窟だとか、海賊に襲われた島民が逃げ込み、中で焚き火をしたために見つかって殺された洞窟だとか、いろいろな話が聞こえてきます。
「悲恋!おたよさん」 は、禁断の恋を犯してしまった“おたよ”という娘さんが、この島に流され処刑されてしまったという悲恋話で、実際に八坂神社の近くにお墓があります。江戸時代の姦通罪はとても厳しくて、死罪が言い渡されたということですから、恋も迂闊にはできなかったのかもしれません。
毎年8月1には、八坂神社の祭り「向島祇園」が催されます。「にぎわい見るなら博多の祇園、酔いどれ見るなら向島祇園」と言われ、島外からも見物人が訪れます。
宿は「民宿 島」、「民宿 富栄丸」の2軒があり、夕食にはウニやアワビなどのご馳走が並びます。釣り船も好評です。

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09/12/30